毎日頑張るお母さんへ
——不登校を6年経験した私だから、伝えられることがある
はじめまして。 不登校支援団体「よりどころ」代表の、篠田想と申します。
突然ですが、少しだけ私の話を聞いてもらえますか。
私は、小学校6年間、学校に行けませんでした
1年生のときから、6年生が終わるまで。 ほぼ毎日、家にいました。
朝になると体が重くなる。 玄関の前まで行って、でも足が動かない。 「なんで自分はこうなんだろう」と、毎日毎日、自分を責め続けていました。
不登校の理由は、自分でもうまく説明できませんでした。 いじめがあったわけでも、先生が怖かったわけでも、はっきりした原因があったわけでもない。ただ、行けなかった。それだけでした。
だから余計に、苦しかった。
そのとき、お母さんは何も言わなかった
私が学校に行けない間、母はほとんど何も言いませんでした。
「なんで行かないの」とも、 「頑張ってみなよ」とも、言わなかった。
ただ、毎朝ご飯を作って、 私が起きてきたら「おはよう」と言って、 それだけを続けてくれていました。
でも今になって思うんです。 あの「何も言わない」の裏側に、どれだけのものを抱えていたんだろうって。
「私の育て方が間違っていたのかな」
「この子の将来、どうなってしまうんだろう」
「誰かに相談したくても、うまく言葉にできない」
母がそう感じていたことは、大人になってから、ようやく教えてもらいました。
誰にも言えない苦しさを、抱えていませんか
不登校の子を持つお母さんは、孤独です。
子どもの苦しさを丸ごと引き受けながら、 自分自身の不安や悲しさは、どこにも出せない。
学校に相談しても、的外れなアドバイスをされることがある。 夫や家族に話しても、深刻さがなかなか伝わらない。 友人には、なんとなく話しにくい。
結果、一人で全部抱えて、毎日をやり過ごしている。
頑張っても頑張っても、出口が見えない。
正解かどうかもわからない。
それでも誰かに感謝されるわけでもない。
そんな毎日を、それでも前を向いて生きているお母さんが、 どれだけいるんだろうと、私はずっと考えています。
「居場所」って、特別なものじゃない
私が不登校だった6年間で、一番しんどかったことは何か。
成績が下がったことでも、友達と疎遠になったことでも、ありませんでした。
「自分がいていい場所が、どこにもない」と感じていたこと。
それが一番、きつかった。
勉強ができなくても、みんなと同じじゃなくても、 「ここにいていいよ」と言ってもらえる場所があれば、子どもは変わります。 私自身が、そうでした。
だから今、私が作りたいのは「正しいとされる支援」じゃなくて、 子どもとお母さんが「ほっとできる場所」です。
アドバイスより先に、まず話を聞く。 解決策より先に、まずそばにいる。 それだけで、人は少し楽になれると信じています。
不登校の経験者だからこそ、見えるものがある
支援の仕事をしていると、「どうしてこの道を選んだんですか」とよく聞かれます。
答えはシンプルで、あの6年間があったからです。
学校に行けなかった子どもの気持ちが、体でわかる。 先生に責められたときの、あの感覚も覚えている。 「普通にできないの?」という視線が、どれだけ刺さるかも知っている。
だから私は、お母さんや子どもの話を聞くとき、 「そうじゃなくて」と否定したことが一度もありません。
どんな言葉も、「そうだったんですね」から始めています。
一人で抱え込まないでください
今、お子さんのことで頭がいっぱいになっているお母さんへ。
誰かに話すだけで、気持ちが少し軽くなることがあります。 解決しなくても、答えが出なくても、それでいい。
「こんなこと相談していいのかな」と思うことでも、大丈夫です。 むしろそういうことを、一緒に考えたいと思っています。
まずは公式LINEから、無料で相談してみてください。 難しい手続きは何もありません。メッセージを一言送るだけでいいです。
あなたの話を、ちゃんと聞きます。
篠田 想 不登校支援団体「よりどころ」代表 元・不登校経験者(小学校6年間)








よりどこオンライン
よりどこハウス
Twitter
Instagram
Facebook
YouTube
Ameblo
不登校ラジオ